▲4一銀――将棋史に残る絶妙手
藤井聡太二冠 対 松尾歩八段(当時)。59分の長考の末に生まれた一手が、なぜ「神の手」と呼ばれるのか。
局面の背景
2021年3月、竜王戦2組ランキング戦決勝。藤井聡太二冠(当時18歳)と松尾歩八段の対局。終盤の激しい攻め合いの中で、藤井はある局面で長考に沈んだ。
中継していたアベマTVでは、解説の棋士が首をかしげていた。常識的には▲8四飛と相手の飛車を取るのが自然に見えたからだ。ところが将棋ソフトが示した候補手は▲4一銀。解説者はその意図を察するや「これは人類には指せない手だ」と語った。
59分の長考の末、藤井がAIの読んだ手(4一銀)を盤上に置くと、視聴者のコメント欄は「キター!」「神降臨」「鳥肌が立った」の文字で埋め尽くされた。
図01 ▲4一銀と打った局面
図01 ▲4一銀と打ったところ(終盤断片局面)
この局面でなぜ飛車を取らないのか。▲8四飛と取ると、松尾から厳しく攻められ、藤井は「詰めろ」をかけられないまま負け筋に入ってしまう。
▲4一銀は王手であり、松尾には△同玉と△同金の二通りの応手がある。
△同玉の場合
変化手順①
▲4一銀 △同玉 ▲3二金(王手) △5二玉 ▲8四飛(飛車を取る) 次に▲4二金△同金▲3四桂が「詰めろ」 → 藤井の勝ち筋先に△同玉と取らせることで、▲3二金という王手を間に挟む余裕が生まれる。飛車をすぐ取るよりも、先に玉を動かさせてから取るほうが寄せが一手分だけ速くなる――これが▲4一銀の核心だ。
△同金の場合(実戦)
松尾は藤井の長考中にこの変化を読んでいたようで、ノータイムで△同金と応じた。
図02 ▲7五桂と打った局面
図02 ▲7五桂と打ったところ
▲4一銀△同金とさせた効果がここで現れる。4一の金が壁駒となり、後手玉が4筋へ逃げる退路が完全に封じられている。
松尾が「首を差し出した」
図02の局面では△7二銀打と受ける手も存在した。しかし松尾は68分の長考の末、△5一金と指した。詰みを防ぐ手ではなく、藤井の読み筋を認め、自ら「首を差し出した」ともいえる着手だった。
棋士として相手の深い読みに敬意を表し、潔く投了へ向かった松尾の姿勢もまた、この対局を語り継がれるものにしている。
対局後、棋士たちは口を揃えた。「人智を超えた一手」「AI超えの驚愕の一手」「神の手だった」――。この勝利で藤井は竜王戦の決勝トーナメントへ5期連続進出を果たした。
